サンクトペテルブルクの地理
ロシア西部、バルト海のフィンランド湾最東端、ネヴァ川河口デルタに位置する。ロシア有数の港湾都市であるとともに、鉄道・国際航路の要衝でもあり、モスクワに次ぐロシア第2の都市である。行政上はモスクワとともに連邦市を形成しており、ロシア連邦を構成する83連邦構成主体のひとつとなっている。
市街はネヴァ川河口デルタの島々と両岸に広がり運河網が発達し、バルト海において重要な港市の位置をしめる。ネヴァ川は運河や河川などにより、白海、ドニエプル川、ヴォルガ川と結ばれているため、この都市はカスピ海やウラル、ヴォルガからの船舶のバルト海への出口となっている。港は冬季である11~4月に凍結してしまうが、厳寒期を除いて常に砕氷船が航路を維持している。また、市中心部に運河が縦横に巡る美しい街並みを有することから、「北のヴェネツィア」と称されることもある。
ロシア・フィンランドの国境に近い為、スターリンはフィンランドに対して「大砲の射程内の地域」の割譲を要求したが、フィンランドはこれを拒み、1939年の冬戦争が勃発。フィンランドは善戦したが、結局翌1940年、当該地域の割譲で講和がなされ、この戦争が中立的であったフィンランドの枢軸陣営参加を招いた。第二次世界大戦中は、フィンランド、ドイツ両軍を基幹とする枢軸軍によって約400日にわたる包囲を受けた(レニングラード包囲戦)が、凍結した湖から細々と物資輸送を行うなどして耐え抜いた。
戦後もレニングラードはソ連第2の都市として存在したが、その歴史的経緯からモスクワとは違った文化や風土を維持した。また、レニングラードの共産党第一書記になることは、ソビエト体制の中で重要な位置を占めることと同義であり、クレムリンでの権力ゲームでも影響力を持つことになった。とはいえ、革命以降サンクトペテルブルク出身の人物がロシアのトップまで登り詰めたのはウラジーミル・プーチンが初めてである。
『ウィキペディア(Wikipedia)』引用
サンクトペテルブルクはロシアの都市で、レニングラード州の州都になります。